キャリア自律支援としての労働組合の意義・可能性


私が現在関わっている大手労働組合の電話キャリアカウンセリング業務や、労働組合幹部との会話を通じて見えてきた、キャリア形成支援の状況や新しい取り組みについてお話いたします。

「自分のキャリアが描けない」という相談

私が担当している電話カウンセリングの最近の相談内容では、職場の人間関係や転職活動の進め方などの差し迫った内容に加えて、「自分のキャリアが描けない」というような将来のキャリアに関する漠然とした不安の相談が増えています。
その背景としては、若手のキャリア意識の高まりに加え、例えば、働き方改革、日本型雇用の制度疲労、コロナ禍における在宅勤務の増加、DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展、改正高齢者雇用安定法等のような近年の労働環境の変化の影響があります。

企業が予測する“人生100 年時代”のイメージと雇用管理の課題

昨年末に厚生労働省の外郭団体の独立行政法人 労働政策研究・研修機構が、「人生 100 年時代に向けた企業の雇用管理の動向や今後に向けた課題」を労使間で検討することができるようにまとめた報告書(※)を発表しました。
その中で私が注目したのは「企業が予測する“人生100 年時代”のイメージ」と「日本企業の雇用管理と長期勤続化の課題」という内容で、以下がそのポイントです。

企業が予測する人生100年時代のイメージ
※注:( )の数字は、大企業(従業員300名以上)が回答として選択した割合
・「キャリア設計(デザイン)」への関心
従業員の勤続がより長期化するとともに、従業員の介護負担の増加などから働き方への配慮がより求められ、それにともなって従業員の「キャリア設計(デザイン)への関心が高まる(32.3%) 」
・「自律型人材の育成」とAI等の技術革新を意識した「長期的能力開発計画」
人生100年時代は同時にAI(人工知能)などの導入が進む技術革新の時代である。これまでの経験をもとに地道に働く姿勢から、「自ら考え行動することのできる能力(55.3%) 」や、「柔軟な発想で新しい考えを生み出すことができる能力(53.5%)」などを獲得した「自律型人材の育成」や、AI等の技術革新を意識した「長期的能力開発計画が必要(29.0%)」となる。

従業員の活用やキャリア形成にあたって企業が重視する事項
・「労働組合とのコミュニケーション」
今後の従業員の活用やキャリア形成支援として重視する事項は、「働きやすい職場の実現(70.3%ポイント)」に続いて、「労働組合等とのコミュニケーション(38.2%ポイント)」が上位に入った。
※出所:「人生100年時代のキャリア形成と雇用管理の課題に関する調査」(2020年12月) 
https://www.jil.go.jp/institute/research/2020/206.html

以上のことにより、近年の労働環境の変化に伴って、「企業に依存しない自律的キャリア形成」の重要性が高まり、従業員へのキャリア形成支援の観点からの経営側は「労働組合とのコミュニケーション(関係性)」の強化を意識し始めているように見えます。

環境変化への対応が出来ていない人事部門・管理職層

企業において人事・労務管理の施策を推進すべき人事部門は、既存人事制度の変更やそれに伴うマネジメント層への対応で手一杯で、従業員へのフォローは十分できていないことがあります。また、メンバーをマネジメントする管理職のキャリア意識がまだ十分でないことも多く、社員から安心して自分のキャリアを相談できる相手として機能しているケースが少ないと考えられます。
そんななか、昨今の労使協調による「働き方改革」の延長として、従業員(労働者)の代表である労働組合(特に職場委員)とのコミュニケーションを期待する動きも出てきていることは、注目に値します。私が考えるその理由は、以下の通りです。

労組が組合員のキャリア支援をすることの意義

激変する雇用環境のなか、労働者の代表として経営者と労働協約を締結した労働組合が、組合員のキャリア自律を応援することは、組合員と経営側の両方にメリットがあります。
労働組合は、「労働者が主体となって自主的に労働条件の維持・改善や経済的地位の向上を目的として組織する団体」(厚生労働省)です。従来からの「雇用維持や賃金確保等の集団的な対応」だけでなく、「組合員個人を強くする取り組み(キャリア形成支援)」への展開が必要になってきています。具体的には、組合員に対して「会社依存的なキャリア形成から自律的キャリア形成への転換」の必要性を訴求し、その為の支援を実施することです。

「キャリア自律」とは、自らの生き方、働き方を自律的に考え、主体的に行動し能力開発を行うことです。その過程で社内外での新しいチャレンジを活用して変化に対応しうるより付加価値の高い職業能力である「エンプロイアビリティ(雇用される得る能力)」を身につけていけます。その結果として、雇用の確保や、質の高い労働(そこで働くことに生きがいや働きがい)を見出します。こうしたことを実現できれば組合員のライフ・キャリアの充実と組織の活性化に繋げていくことができるでしょう。
働く人々の実情をよく知り、労働者の立場に立って一人ひとりをサポートできるのは、労働組合ならではの立ち位置です。だからこそ、日々の活動を通した相談対応力のある職場委員がいる労働組合の存在意義は今後増していくものと考えます。
また、本取り組みをするにあたっては、労働組合は企業側に対してこの新しい取り組みが労働者と企業両方にとってメリットがあることの理解を得るような働きかけをする必要があることも、言うまでもありません。

労働組合としてのキャリア形成支援の新たな第一歩

最近は、エンゲージメント経営の推進や人材育成方針の見直し、キャリアデザイン支援等の従業員のキャリア自律支援を対外的に公表している企業が増えてきました。

私は先日そのことを公表している企業の労働組合幹部から話を聞く機会がありました。その方曰く「会社から公表した内容以外の具体的説明はなく、会社が社員に求めている“自分のキャリア開発に責任を持ち自ら考え行動する自律的キャリア形成”の意義や内容について腹落ちしている組合員はほとんどいないと捉えている」とのことでした。

そんななか、以前キャリアデザイン研修の内容を紹介したことのある労働組合の幹部から、キャリア自律をテーマにした組合幹部向けリーダー研修の依頼がありました。「組合リーダーが、大きな環境変化のなかでの自律的キャリア形成の意味とキャリアデザインの方法を理解し、人事部門との政策討議や組合員との相談力の向上に繋げたい」ということを目的としたいとのことでした。

この話を聞いた私には、この労働組合の新しい試みに、キャリアコンサルタントとして全力で応援したいという気持ちがこみ上げました。なぜなら、組合員の代表として人事・労務部門と対応している労働組合の幹部が受講し、今求められている「企業に依存しない自律的キャリア形成」の意味を理解することで、“職場で働く組合員へのキャリア形成支援に繋げたい”という、経営側ではなく働く側からの強い意志を感じたからです。私はこの労働組合の新しい試みを組合員への自律的キャリア形成支援の第一歩にしていくために、一緒に新しい支援の形を創り上げていきたいと考えています。

三田 勝彦

三田 勝彦

国家資格 キャリアコンサルタント、組織キャリア開発士、CSCワークショップインストラクター
大手IT企業に35年間勤務し、その間法人向けのシステム営業と全社マーケティング業務を担当。その後東京商工会議所にて、厚生労働省委託業務の「ジョブ・カードを活用した人材開発施策(実践型訓練、職業能力評価基準、セルフ・キャリアドック)」と助成金普及促進業務に従事。
現在は、企業におけるキャリア形成・人材開発・組織開発をテーマにしたコンサルティング、研修講師に従事している。
好きな言葉:A・T・M(明るく 楽しく 前向きに)

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